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2024年04月19日
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目覚め

2008年09月28日
義衛郎は自らが標的であることを知っていた。
鎖に繋がれた人影、動物のようなもの、蛇を従えた女。
義衛郎は、その不気味な存在どもに狙われている事を、明確に理解していた。だが、いつも義衛郎が拒絶の意思を固めれば、やつらは手出しをしてこなかった。
これからもそんな、少しばかり刺激のある日々が続くのだろうと、漠然と、思っていた。

しかし危うい均衡は、ある日突然に破られる。
その日は家族揃って、少しだけ遠出をした。郊外に出店してきたスーパーマーケットを見て回り、ふらっと立ち寄ったイタリア料理店で夕食をし、そんなどこにでもある1日。
帰り道、見知らぬ場所に差し掛かる。その瞬間、義衛郎の本能が警鐘を鳴らした。ここはマズい。通るべきじゃあない。ハンドルを握る父親に、そう伝えようとした刹那。
家族5人を乗せた車は、激しい衝撃とともに横転していた。

全身が痛む。割れた窓から、義衛郎は投げ出されたのだ。どうにか道をぼんやり照らす、古い街灯に辿り着き背を預ける。脇の畑に転がる車には、異形の集団が群がっていた。それはオオカミやイノシシの群れに見えたが、どれもこれもおかしな姿をし、必死の様相で車へ殺到していた。あの有様では家族は……。
上手く働かないくせに、妙に冷静な思考に苛立ちを覚える。
すっ、と義衛郎に影が覆い被さった。
「こんばんは」
見上げた先に、女がいた。体に蛇をまとわりつかせた、妖艶な異形の女。その微笑みは恐怖を掻き立て、その一方で美しい。
それに見とれている自分に気付いた義衛郎は、より苛立ちを募らせた。
「あらあ、そんな怖い顔、するものじゃあないわ」
女の手が義衛郎の頬に伸ばされる。拒絶したいところだったが、もう体に力を込めるのも億劫でさせたいようにさせながら、女の話を聞いていた。半分以上は理解の及ぶところではなかったが、ただ一つ解ったのは、女を満足させている間は自分は生かしてもらえる、という事だった。
この女を満足させれば生きていられる。裏を返せば、女の機嫌を損ねれば即殺されてしまうのだ。自分の命を、目の前の得体の知れない存在に握られる。
冗談じゃあない。己を束縛し得るのは己のみ。義衛郎は常から、そう考えていた。だから。
中指を立ててみせてやった。
最近聴き始めたMarilyn Mansonの真似。初めてやったにしては様になっていたのと、ボロボロの体を動かすくらいの気力が残っていたことに満足し、我知らずにんまりと笑っていた。
女もその意味は知っていたのだろう。微笑みが剥がれ落ち、双眸に冷たい光が宿る。
「残念だわ」
一言漏らすと、従えた蛇を義衛郎へと向けた。
「お望みどおり、殺してあげる」
ああ、これで終わりか。自分だけ生き残っても仕方ないし、これで良いのかもしれない。人間いつかは死ぬのだし。なのに、恐ろしい。一体何が。何が。死が。死ぬ事が恐ろしい。生きたい。

死にたくない…………!!!

「っっっっっ!!!!!!」
咆哮とも嗚咽ともつかぬ絶叫とともに、右腕を振り上げる義衛郎。死への恐怖と生への執着が綯い交ぜになった心の中で弾けた“何か”は、体中を駆け巡り、右腕から放たれ、そして今まさに牙を剥かんとしていた蛇どもを跡形もなく吹き飛ばし、女の左肩を抉り取った。驚愕に見開かれる女の眼。
だが義衛郎もとっくに限界を通り越している。最早、意識を保つ事すら難しい。目の前の光景が歪み、呼吸もさらに荒くなる。
その様子に安堵したのか、女が再び義衛郎へと近付く。今度こそ終わりか。そう腹を括った、その時。
何者かが2人の間に割って入った。義衛郎の視界に捉えられたのは、はためく赤い襟巻。
そこで意識は途切れた。

義衛郎が目を覚ましたとき、すでに2日が経過していた。
周囲を見回してみる。今いるのが病院のベッドの上だというのは間違いない。誰かが警察や消防に連絡したのだろうか。
あの出来事が全部夢だったならば、と思わずにはいられない。しかしそれは余りにも儚い願いだ。自嘲の笑みが浮かぶ。
と、病室のドアが開いた。見知らぬ顔が覗き、視線が合う。2、3度、目を瞬かせた青年は扉の外にいる誰かに義衛郎が目を覚ました事を告げると、ベッド脇まで歩を進めた。
「俺は森里浩之。よろしく」
言いつつ手を差し出す。握手、という事なのだろう。その手を握り返す義衛郎。
「何が起こったのか、これから説明するから、よく聞いて」
そして浩之の語った真実は、俄かには信じ難いものだった。
世界結界、詠唱銀、ゴースト、能力者と銀誓館学園。義衛郎が能力者として覚醒した事。
余りにも突拍子がなさ過ぎた。けれど体の痛みが、目に焼き付いた光景が、全てを肯定する。
「あの」
上がった声に先を促す浩之。
「蛇女は、どうなったんですか」
蛇女。能力者達が“リリス”と呼ぶ存在。あの事件の首謀者であろう事は、容易に想像がついた。
「すまない、逃げられた……」
逃げられた。即ちヤツが生きている。それを聞いた時、義衛郎は笑っていた。先刻のような自嘲ではない。眼前に獲物を捉えた飢えた野獣の如き、凄絶な笑み。四肢に力もが漲る。先ほどまでの気だるさが嘘のようだ。
為さねばならない事がある。殺さなければならない仇が、いる。
浩之の止めるのも聞かず、義衛郎は病室を飛び出した。

たどり着いたのは事故、いや“殺害”の現場。あの時初めて見た場所だったのにも関わらず、ただの一度も迷う事なく探し当てた。これも能力者として目覚めた故か。
「おい! どうしたんだ?」
浩之達が追いついてきた。息一つ乱していない。
彼らの前で、義衛郎はある一点を指差す。
「見えるんですよ」
そこは家族が命を落とした忌まわしき場所だった。
今の義衛郎にはしっかりと見えている。恐怖に怯える2人の妹、そしてその2人を護ろうと必死に抗う両親の残留思念が。
このまま放っておけば降り注ぐ詠唱銀によって異形の存在となり果て、能力者に討伐され、2度目の死を迎える。
訳も解らず襲われ、訳も知らされぬまま殺されたというのに、それでは余りに救いがないではないか。ならばせめてこの手で。
断片的な記憶を頼りに、周囲に目を配る義衛郎。畑の脇に流れている用水路へ近付き、その中を探る。
あった。
その手に握られていたのは、銀白色をしたネックレス。普通であれば遺留品として警察に押収されていたろう。が、これは常人には不要のもの。詠唱銀に他ならない。
畑へと踏み入り、しばしの瞑目の後、義衛郎は詠唱銀を家族の残留思念へと投げ込んだ。
詠唱銀が淡い燐光を放ち、徐々に残留思念が形を成す。光が収まった時そこには、1本のスパナが転がっていた。
「コレを使って、あいつを殺す」
スパナを拾い上げ、浩之たちにそう告げた義衛郎の瞳には焔が宿っていた。漆黒の憎悪の焔。それはいずれ義衛郎自身をも焼き尽くしてしまうだろう。
この優しげな面の少年が、修羅の道を歩まぬためにすべきは何か。浩之達の心は決まっていた。
「手伝うよ」
元々は俺達の不始末なんだし、と嘯き、病室のときのように手を差し出す。
わずかの逡巡の後、再び浩之と握手した義衛郎には、その手が随分と大きく感じられたのだった。

退院した翌日から、浩之達による訓練が開始された。
いつ目的のリリスが姿を見せるか解らない以上、義衛郎は早急に強くなる必要がある。訓練は苛烈を極めた。義衛郎もそれを望んだ。
数え切れぬほどの怪我を負い、浩之達の任務を手伝いゴーストを狩り、日毎に強くなっていくのが楽しくもあり、嬉しくもあった。
そして数週間が過ぎ去った、ある日。
「あいつが出るそうだ」
ついに待ち望んだ、その日が来た。
運命予報士が未来視で見た場所へと駆ける。
「ヤツは何体かリビングデッドと妖獣を連れてる。そっちは俺達に任せて、義衛郎君はリリスに集中してくれて良い。ただ」
一呼吸置いて、続ける。
「俺達が危険だと判断したら手を出させてもらう。それだけは承知してくれ」
義衛郎、頷く。
角を曲がり、現場まであと30mというところで目に飛び込んできたのは、リリスが獲物を手にかけようとする、その瞬間だった。
浩之が<魔弾の射手>で力を高め、掌に大気中の水分を集約させる。瞬きをする間に水は刃へと変じ、投擲されたそれは、リリスの蛇の1匹を寸断した。
「随分と大勢ね」
忌々しげに呟く。リリスは能力者を感知する事ができる。だが固まって行動していた浩之達の、正確な人数までは把握できなかったようだ。
しかし能力者達の集団の先頭、スパナを右手に持ち、無造作に経つ義衛郎を見つけると一転、相好を崩した。
「あらあ、あの時の子ね。気が変わった?」
哄笑。義衛郎が嗤っていた。目の前のリリスの、これから自分の辿る末路を知らぬ哀れなゴーストの、滑稽さな物言いに。
ぴたりと笑い声が止んだ刹那、殺気が膨れ上がる。ゴーストを、歴戦の能力者をも圧倒するほどの純粋な殺意。リリスがほう、と溜息をつく。
「あなた、やっぱり素敵だわ。私が美味しく……」
消えた。義衛郎が。
頬を何かが掠めた。かわせたのは運が良かったからに過ぎない。
頬を掠めていった何か――スパナの先ににいたのは、憎悪と憤怒、あらゆる敵意が込められた黒い焔を瞳に宿す“獣”だった。
自分はとんでもないものに触れてしまったのでは。リリスの背に冷たい汗が伝う。
戦いの幕は上がった。

義衛郎の攻撃を機に、我に返った浩之達が周囲を固める。
妖獣とリビングデッドが2体ずつ。いつもなら少し物足りないくらいだが、今回ばかりは都合が良い。いざとなれば義衛郎の援護に入られねばならないのだ。
一方、義衛郎は確実にリリスを追い詰めていた。決してスマートとは言えない、速いが大振りな攻撃。落ち着いて対処すれば、避けられるものも多い。けれど恐怖に呑まれた今のリリスに、それを求めるのは酷というものだろう。
これまで多くの獲物は恐怖し、逃げ惑うばかりだった。中には抵抗する者もいた。憎悪や殺意を向けてくるものも。
が、義衛郎の向けてくる害意は、それらとは本質的に違っていた。明確に言葉にするのは難しい。しかし本能が恐れるのだ、目の前の能力者風情を。
気がつけば、路地の角へと追い遣られていた。その機を逃さず、正確に頭部を狙い振り下ろされるスパナ。避けることは叶わない。ならば。
リリスは頭上で両の腕を交差させる。枯れ木の割れるような、それでいて鈍い音が響いた。
右腕が前腕部の半ばからあらぬ方を向き、一見して無事に見える左腕も動かそうとすれば、鋭い痛みが走った。それでもリリスは可能な限りの迅速さをもって、スパナを掴んだ。これで相手も動けない。後は蛇に相手の喉笛を噛み千切らせれば、逃げおおせるくらいはできる。形勢逆転を確信し、口の端を吊り上げた。
それを見た義衛郎は無表情にスパナを放すと、リリスの鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
もし義衛郎が全くの素人だったなら、リリスの目論見どおり、あそこで終わっていたろう。だが義衛郎は厳しく、鍛え抜かれていた。そして浩之に何度も聞かされていた。
能力者の一番の武器は断固たる決意と、それを実行し得る強靭な肉体なのだ、と。
激しく咳き込みながら崩れ落ちるリリス。得物を拾い上げた義衛郎がその背を踏みつける。
「あ、あ、あ、あの話があああああああああ!!」
言葉は途中から悲鳴に変わった。右下腿の骨が砕けたから。
「痛い痛いいああああああああ!!」
今度は左上腕。
義衛郎はリリスが痛みで死なぬよう、ゆっくりと、四肢の末端から壊していった。
粗方手足を壊すと、足で小突き、仰向けにする。その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「お、願い……。お願い、よお……」
構わず肋骨を潰す。折れた骨が肺に刺さったらしい。口から血泡を噴く。
「死にたく、ない……。死に、たくない、のお……」
相変わらずの無表情で、哀願するリリスを見下ろす。
「殺、さな、いでえ……。何でも、す、るか、らあ……」
「じゃあ死ね」
リリスの頭蓋に、満身の力を込めて、スパナを打ち付けた。

リリスが消滅していく。同時にスパナも淡い光に包まれ、崩れつつあった。
その光の中に、義衛郎は確かに見た。父と、母と、2人の妹を。
家族は皆、穏やかな表情をしていた。そしてその姿が掻き消える寸前、こう言ったのだ。ありがとう、と。
涙が堰を切ったように溢れ出す。
義衛郎は涙の涸れるまで、慟哭し続けた。

全てを成し終えた義衛郎の心に訪れたのは、虚無だった。
あの瞬間から、ただ復讐を果たすために歩み、それを果たした。だが、これからどうすれば。
憎悪も憤怒も、涙とともに流れてしまったのか、沸いてすら来ない。
今まで信じてきた常識は、世界結界によって作られた偽り。真実を知ってしまった今、かつて暮らした世界は彼岸のものだ。
そして、この力。この超常の力は今まで以上に怪異を呼び寄せ、誰かを傷付けてしまう。
膝を抱える義衛郎。そんな彼の隣に腰掛ける人影。浩之だ。
2人の間を沈黙が流れる。
沈黙を破ったのは浩之だった。
「1つ提案があるんだけど」
義衛郎は膝を抱えたまま。
「学園に来てみないか」
その力が、誰かを護るのにきっと役立つ。浩之はそう続けた。
義衛郎は今まで護られてばかりいた。両親に護られながら育ち、命を落としかけた時には浩之達に護られ。そんな自分が誰かを護る事などできるのだろうか。
しかし心は震えていた。瞳には焔が灯った。
この手で力なき人達を悲劇から遠ざけられるなら。この手でまだ見ぬ友を救う事ができるなら。
「銀誓館ってどんなとこなんですか?」
悪魔にも魂を売ってやろう。
義衛郎の差し出した手を、浩之は力強く握った。

2006年5月31日。春はすでに去り、夏の気配が近付きつつあるこの日。1人の少年が銀誓館学園に転校してきた。
名は須賀義衛郎。駆け出しのゾンビハンター。
彼の物語が、始まる。
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